場所

神田明神 (Kanda Shrine)

東京の中心地、千代田区外神田に鎮座する神田明神かんだみょうじん)は、天平2年730年の創建以来、1300年近くの歴史を誇る江戸・東京の守護神です。正式名称は「神田神社」といいますが、古くから「神田明神」あるいは「神田大明神」の名で親しまれ、その名は江戸庶民の生活に深く根付いてきました。

山本 光代

目次
かんだみょうじん

この神社は、徳川家康公が関ヶ原の戦いに臨む際に戦勝祈願を行い、見事勝利して天下統一を果たしたことから、江戸幕府の尊崇する神社となりました。現在では、神田、日本橋(日本橋川以北)、秋葉原、大手町、丸の内といった、日本の経済と文化の中枢を担う108の町会の総氏神(そううじがみ)として、「江戸総鎮守」の役割を果たしています。

境内は、伝統的な神道の荘厳さと、現代のポップカルチャーが融合した独特の空間です。朱塗りの社殿が青空に映える一方で、アニメとのコラボレーションや最新のITお守りの授与が行われ、敷地内には現代的な文化交流施設「EDOCCO」も併設されています。神田明神は、単なる観光地や宗教施設にとどまらず、過去と未来をつなぎ、多くの人々の願いを受け入れる「聖地」として日々多くの参拝者で賑わっています。日本の伝統と革新が共存するこの神社は、東京を訪れるなら決して見逃せない場所です。

日本の伝統と革新が共存するこの寺院は、明治天皇と昭憲皇太后が眠る明治神宮と並んで、東京で必ず訪れたい場所です。都心とは思えないほど深い森に囲まれ、安らぎと威厳を与える寺院として崇められています。

基本情報

かんだみょうじん 基本情報

かんだみょうじん 基本情報

神田明神を訪れる前に押さえておくべき、3つの重要な特徴をご紹介します

  1. 江戸総鎮守としての絶大な影響力 

神田明神は、将軍家から江戸庶民まで幅広く信仰された神社であり、現在も東京のビジネス街や電気街・秋葉原を守っています。仕事運や商売繁盛を願う企業参拝が絶えない、日本屈指のパワースポットです。

  1. 平将門公まさかど様の強力な勝運 

除災厄除の神様として祀られる平将門公は、逆境を跳ね返し勝利を掴む「勝負の神」として崇敬されています。その強大なパワーにあやかろうと、多くの人々が厄払いや必勝祈願に訪れます。

  1. 伝統文化とサブカルチャーの交差点 

日本三大祭りの一つ「神田祭」を執り行う格式高い神社でありながら、アニメ『ラブライブ!』の聖地としても知られ、境内にはカフェやショップ、ホールを備えた文化交流館「EDOCCO」を展開するなど、常に新しい時代の空気を取り入れています。

👉 名称

神田明神(神田神社、神田大明神)

✔️ 読み方

かんだみょうじん(Kanda Shrine)

📍 住所

〒101-0021 東京都千代田区外神田2-16-2

🕒 開門時間

24時間参拝可能(授与所・施設は時間が異なります)

❌ 定休日

年中無休

📞 電話番号

03-3254-0753

🚝 最寄り駅

JR・東武東上線「川越駅」、西武新宿線「本川越駅」

🌐 公式サイト

www.kandamyoujin.or.jp

口コミでは、「都会の真ん中にありながら心が洗われる」「夜のライトアップが幻想的」「アニメ聖地としての活気が楽しい」といった声が多く寄せられており、日本を代表する訪問先として高く評価されています。

神田明神について

神田明神について

神田明神について

神田明神の場所は、東京都千代田区外神田二丁目に鎮座し、その守護地域は東京の中心部を広範囲にカバーしています。JR御茶ノ水駅や秋葉原駅から徒歩圏内というアクセスの良さも魅力です。また神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内、旧神田市場、豊洲市場(旧築地市場)など、108もの町会の氏神様として、東京の生活と経済の基盤を支えています。

この神社の歴史的地位は極めて高く、明治時代までは「准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)」(天皇の勅使が派遣される神社)として、日枝神社と共に東京の守護神としての役割を担ってきました。現在は神社本庁の別表神社に指定されています。

神田明神の紹介において欠かせないのが、その先進性です関東大震災後の再建において、当時としては画期的な「鉄骨鉄筋コンクリート造」を採用し、漆塗りの伝統美を再現しつつも災害に強い構造を実現しました。江戸の粋と現代の東京が交差する神田明神は、必見の観光スポットと言えるでしょう。

ご祭神

神田明神ご祭神

神田明神ご祭神

神田明神はなんの神様が祭れているかと問われれば、縁結び、商売繁盛、そして除災厄除の神様です。個性豊かで強力なご神徳を持つ三柱の神様が祀られています。これら三柱を総称して「神田大明神」と崇められています。。

  1. 一ノ宮大己貴命おおなむちのみこと通称だいこく様

    天平2年(730年)に鎮座されました。出雲大社のご祭神(大国主大神)と同じ神様であり、夫婦和合、縁結び、国土経営、医療の神として知られます。国造りの神話において、少彦名命(すくなひこなのみこと)と協力して日本の国土を開拓されたことから、人々の生活の基礎を守り、良縁を結ぶ神として厚く信仰されています。境内には、石造りとしては日本一の大きさを誇る高さ6.6メートル、重さ約30トンの「だいこく様尊像」があり、その柔和な笑顔で参拝者を迎えています。

  2. 二ノ宮少彦名命すくなひこなのみこと通称えびす様

    明治7年(1874年)に茨城県の大洗磯前神社より勧請されました。商売繁盛、医薬健康、開運招福の神様です。手のひらに乗るほどの小さな神様とされ、海の彼方(常世の国)から来訪し、だいこく様と共に国造りに尽力されました。また、知恵の神様としても知られています。境内には、イルカやタイ、トビウオなどの海洋生物に守られながら波間を渡る姿を表現したえびす様の尊像があります。

  3. 三ノ宮平将門命たいらのまさかどのみこと通称まさかど様

    延慶2年(1309年)に合祀されました。除災厄除、勝運、怨霊鎮めの神様です。平安時代に関東の民衆を守るために朝廷の圧政に立ち向かい、非業の死を遂げましたが、その強大な霊力は江戸っ子たちから「守護神」として崇められてきました。明治時代には一時的に摂社へ遷されましたが、昭和59年(1984年)に再び本社のご祭神として復座されました。神田明神の神様の中でも、将門公は「平将門の乱」や「首塚伝説」など数々の逸話を残しており、その劇的な生涯から「逆境に打ち勝つ力」を授ける神として、ビジネスマンや勝負事に挑む人々から絶大な支持を得ています。

これらの神々は、それぞれが異なるご利益を持ちながらも、協力して東京の街と人々を守っています。神社を参拝する人々は、それぞれの願いに合わせて、これらの神々に祈りを捧げます。

境内社(摂社・末社)

祖霊社(それいしゃ)

祖霊社(それいしゃ)

籠祖神社(かごそじんじゃ)

籠祖神社(かごそじんじゃ)

金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)

金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)

日本橋魚河岸水神社(にほんばしうおがしすいじんじゃ)

日本橋魚河岸水神社(にほんばしうおがしすいじんじゃ)

江戸神社(えどじんじゃ)

江戸神社(えどじんじゃ)

大伝馬町八雲神社・小舟町八雲神社

大伝馬町八雲神社・小舟町八雲神社

末廣稲荷神社

末廣稲荷神社

浦安稲荷神社

浦安稲荷神社

神田明神の特徴として広大な境内には、本社の周囲を取り囲むように、歴史ある多くの摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)が鎮座しています。これらは江戸時代の町人文化との深い結びつきを示しております。

  1. 祖霊社それいしゃ

    神田明神の氏子・崇敬者の祖先の御霊をお祀りする社です。平成16年(2004年)に創建され、地域の人々の心の拠り所となっています。

  2. 籠祖神社かごそじんじゃ) 

    寛政7年(1795年)に神田の籠職人たちによって創建されました。ご祭神は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と塩土老翁神(しおつちおじのかみ)です。猿田彦大神は天孫降臨の際の道案内をした神、塩土老翁神は山幸彦に竹籠の船を与えた伝説から「籠職人の祖」として崇められています。現在も籠職人たちによって信仰が守られ、毎年11月に例祭が行われます。

  3. 金刀比羅神社ことひらじんじゃ

    天明3年(1783年)、豊島郡薬研堀に創建され、隅田川を行き交う船人や商人たちの守護神として信仰されました。昭和41年(1966年)に神田明神境内に遷座されました。海上交通安全や商売繁盛のご利益があります。

  4. 日本橋魚河岸水神社にほんばしうおがしすいじんじゃ) 

    ご祭神は弥都波能売命(みずはのめのみこと)。日本橋に魚市場があった時代からの守護神です。天正18年(1590年)、徳川家康の江戸入府に伴い、摂津国から移住してきた漁師たちが大漁と海上安全を祈願して「大市場交易神」として祀ったのが始まりです。明治34年(1901年)に神田明神境内に社殿が建立されました。市場が築地、そして豊洲へと移転しても、魚河岸の精神的な支柱として、毎月5日の月次祭など魚河岸会による神事が欠かさず行われています。

  5. 江戸神社えどじんじゃ) 

    「江戸最古の地主神」とされ、神田明神創建以前からこの地を守ってきた非常に古い神社です。大宝2年(702年)の創建と伝わり、江戸の地名の由来とも関わりが深いとされています。ご祭神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)です。

  6. 大伝馬町八雲神社・小舟町八雲神社 

    建速須佐之男命(スサノオノミコト)を祀る「天王さま」です。江戸時代には神田祭、山王祭と並んで熱狂的な盛り上がりを見せた「天王祭」で知られ、疫病退散の神として信仰されています。特に小舟町八雲神社の祭礼は4年に一度行われ、現在も盛大に執り行われています。

  7. 末廣稲荷神社すえひろいなりじんじゃ) 

    古くから庶民に信仰されてきたお稲荷様で、出世稲荷として知られます。朱色の鳥居がトンネルのように連なる景観が美しく、神秘的な雰囲気を醸し出しています。商売繁盛や五穀豊穣のご利益があります。

  8. 三宿・金刀比羅神社

    宇迦之御魂神(稲荷神)などを祀り、商売繁盛や家内安全のご利益があります。地域の人々に深く愛されている社です。

  9. 浦安稲荷神社うらやすいなりじんじゃ

    内神田にあったものが遷座されました。病気平癒のご利益で知られ、特に心の病や悩み事の解消を願う人々が訪れます。

これらの神田明神の神様を巡ることで、江戸の職人文化、市場の活気、そして人々の切実な祈りの歴史を感じることができます。

歴史

神田明神歴史

神田明神歴史

神田明神の歴史は、まさに東京の発展の歴史そのものです。その変遷を時代ごとに紐解きましょう。

始まりは「祟り」から「最強の守護神」へ

神田明神の起源は古く、奈良時代の天平2年730年)。現在はオフィス街である大手町(将門塚周辺)に創建されたのが始まりです。

ここで欠かせないのが、平安時代の武将・平将門公の伝説です。 京都でさらし首にされた将門公の首が、無念のあまり関東まで飛んで帰った……という話は有名ですよね。かつてその周辺では天変地異が頻発し、人々は「将門公の祟りだ」と恐れました。しかし、 延慶2年(1309年)、その荒ぶる魂を手厚く供養し、神田明神に合祀したことで、将門公は災いを防ぐ「強力な守護神」へと生まれ変わったのです。

家康も頼った! 天下統一の裏に「神田明神」あり

時代は下り、戦国時代。 天下分け目の関ヶ原の戦い」(1600年に挑む徳川家康公は、神田明神で戦勝祈願を行いました。すると神田祭の当日に見事勝利! これに感謝した家康公は、江戸幕府を開くと神田明神を別格扱いしました。江戸城の鬼門(北東)を守るため、現在の場所(外神田)へ移し、「江戸総鎮守」として崇敬しました。以来、将軍様から江戸の庶民まで、みんなに愛される神社となったのです。

空襲でも焼けなかった? 「昭和の再建」と強運の秘密

明治以降も東京の守護神として大切にされてきましたが、大正12年(1923年)の関東大震災で、江戸時代からの木造社殿が焼失してしまいます。

昭和9年(1934年)、当時の建築界の巨匠たちが集結し、再建に挑みました。そこで採用されたのが、当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート造」 。見た目は伝統的な朱塗りですが、中身は最新鋭の頑丈な構造でした。

そのおかげで、後の東京大空襲で境内が火の海になっても、社殿だけは奇跡的に焼失を免れたのです。 神田明神が強運・災難除けのパワースポットと呼ばれるのには、こうした歴史的な裏付けがあったんですね。

そして現代、伝統と革新の聖地へ

戦後、一度はご祭神から外されていた将門公も、昭和59年(1984年)に氏子たちの熱意で無事に本社へ復座されました。

神田明神の見どころ

神田明神だいこく様尊像

神田明神だいこく様尊像

神田明神は見どころが満載です。じっくりと参拝し、その魅力を味わうには少なくとも1時間は見ておきたいところです。

まず、参道の入り口に立つ隨神門ずいしんもん)」に注目してください。昭和50年(1975年)に昭和天皇御即位50年記念として再建されたこの門は、総檜造りの二層建て楼門で、鮮やかな朱色が目を引きます。門の四方には朱雀・白虎・青龍・玄武の四神の彫刻が施されており、方位を守り邪気を払う結界の役割を果たしています。この彫刻は極彩色で美しく、絶好のフォトスポットです。また、門の左右に安置されている随身像は、長崎の平和祈念像で知られる北村西望氏の監修によるもので、パナソニックの創業者・松下幸之助氏が奉納したことでも知られています。

隨神門をくぐると、広々とした境内の正面に、威風堂々とした「御社殿(ごしゃでん)」が現れます。昭和9年1934年に建てられたこの社殿は、鉄骨鉄筋コンクリート造でありながら、日本の伝統的な権現造を模した意匠が見事です。戦火を耐え抜いた「燃えないお社」として、強運と厄除けのパワーを象徴しています。国の登録有形文化財にも指定されています。

参拝の際は、祀られている三柱の神様それぞれにお祈りを捧げましょう。

  • 大己貴命だいこく様

    拝殿に向かって左手奥には、高さ6.6m、重さ30トンの巨大な石造りの「だいこく様尊像」があります。縁結びや夫婦円満を願いましょう。

  • 少彦名命えびす様

    拝殿右手の方には、イルカやタイ、トビウオなどの海洋生物に囲まれた「えびす様尊像」があります。海の彼方から来訪された伝説に基づいたデザインで、商売繁盛や病気平癒にご利益があります。

  • 平将門命まさかど様

    本殿にて、勝負運や厄除け、災難除けを祈願します。

また、神田明神文化交流館 EDOCCOでは様々なイベントが行われており、参拝と合わせて楽しむことができます。神社の境内は、歴史、信仰、そして文化が交差する不思議な空間です。

文化財

神田明神 夏越大祓式

神田明神は、貴重な文化財の宝庫でもあります。歴史的建造物から祭礼用具、美術工芸品に至るまで、江戸の文化を今に伝える重要な資産が数多く保存されています。神田明神の見どころとして、これらの文化財巡りもおすすめです。日本の伝統工芸の粋を集めたこれらの資産は、訪れる価値があります。

国登録有形文化財

隨神門

隨神門

神田明神の社殿群は、昭和初期の革新的な神社建築として高く評価され、国の登録有形文化財に指定されています。

  • 本殿ほんでん
  • 幣殿へいでん
  • 拝殿はいでん
  • 神饌所しんせんじょ
  • 瑞垣みずがき
  • 宝庫ほうこ
  • 西門・東門

これらはすべて、昭和9年(1934年)に伊東忠太、大江新太郎、佐藤功一といった当時の建築界の重鎮たちの指導・設計により建設されました。鉄骨鉄筋コンクリート造を採用し、全体を総朱漆塗りで仕上げた外観は、伝統的な木造建築の美しさをコンクリートで再現した傑作です。特に「宝庫」は、校倉造(あぜくらづくり)を模したコンクリート建築としてユニークな特徴を持っています。平成15年(2003年)、江戸開府400年を記念して登録されました。東京の歴史的景観を形成する重要な要素です。

千代田区指定有形民俗文化財

神田明神鉄製天水桶

神田明神鉄製天水桶

神田明神には千代田区が指定する有形民俗文化財があります。江戸庶民の信仰や生活を伝える貴重な資料が含まれています。

  • 鉄製天水桶てつせいてんすいおけ

    拝殿前にある一対の大きな天水桶は、弘化4年(1847年)に奉納されたものです。神田や新川の酒屋たちが世話人となり、川口の鋳物師・永瀬源七によって鋳造されました。火災の多い江戸において、雨水を貯めて防火用水とするための重要な設備でした。

  • 大伝馬町八雲神社鉄製天水桶、小舟町八雲神社鉄製天水桶

    それぞれの町会が奉納した鋳鉄製の桶です。

  • 水盤すいばん

    神社の境内に置かれている水をたたえた石の器のこと。神田明神では、参拝者が身と心を清めるために使う、いわゆる手水(ちょうず)の役割を担っています。

  • 石獅子いしじし

    関東大震災で崩壊した獅子山に乗っていたもので、「坂東巳之助」の銘があります。親子の獅子が谷底に子を突き落とし、這い上がってきた強い子だけを育てるという「獅子の子落とし」の情景を表しています。現在は社殿の東側に再建された獅子山に安置されています。

  • 力石ちからいし

    江戸時代の若者たちが力比べに使った大きな石です。特定の重量を持ち上げることができた者の名が刻まれており、当時の若者文化と体力を今に伝えています。

  • 籠祖講かごそこう関係石造物群

    鳥居、水盤、記念碑、狛犬、常夜灯、玉垣、石標など9点。籠職人たちの信仰組織「籠祖講」が奉納したもので、職人たちの篤い信仰心を示しています。

  • 山車人形熊坂」(だしにんぎょう くまさか

    神田祭で使われた山車人形で、平安末期の大盗賊・熊坂長範をモデルにしています。頭部に目が回転するからくりが施されているのが特徴で、東京の祭礼文化と人形細工の技術の高さを伝える貴重な遺産です。

千代田区指定有形文化財

絵画資料としても貴重な文化財が所蔵されています。

  • 紙本着色 神田明神祭礼絵巻しほんちゃくしょく かんだみょうじんさいれいえまき):全3巻天・地・人

    江戸時代の神田祭の様子を鮮やかに描いた絵巻物です。行列の構成や衣装、山車の詳細が克明に記録されています。

  • 紙本着色 神田明神祭礼図巻全3巻上・中・下

    こちらも祭礼行列の様子を詳細に記録しており、当時の熱気や賑わいを知る上で欠かせない資料です。

これらの絵巻物は、神田明神資料館などで特別展示されることがあり、神田大明神の華やかな歴史を視覚的に伝えてくれます。

神田明神文化交流館「EDOCCO」

EDOCCO STUDIO

EDOCCO STUDIO

神田明神の境内に2018年にオープンしたEDOCCOエドッコ)」、「伝統×革新をコンセプトに、神道の文化を体験し、発信する新たなランドマークとして誕生しました。参拝の休憩や、レビューでも「おしゃれで快適」「文化体験が楽しい」と人気のスポットで、国内外からの観光客を迎えています。

EDOCCO STUDIO

地下1階にある「EDOCCO STUDIO」は、日本の伝統文化を体験できるスタジオです。外国人観光客や文化に関心のある方におすすめのプログラムが多数用意されています。

  • EDOCCO茶屋

    抹茶と和菓子を楽しみながら、日本舞踊や伝統芸能のパフォーマンスを鑑賞できます。優雅なひとときを過ごせる人気のプログラムです。

  • 着物体験

    美しい着物をレンタルして着付けをしてもらい、神田明神の境内や秋葉原の街を散策できます。朱塗りの社殿を背景にした写真は、SNS映え間違いなしの旅の思い出になります。

  • 文化ワークショップ

    書道、折り紙、茶道体験などのミニワークショップも随時開催されており、手軽に日本文化の奥深さに触れることができます。

「見る」だけでなく「参加する」ことで、神道の精神により深く触れることができる体験型コンテンツです。

EDOCCO SHOP & CAFÉ

神田明神 EDOCCO CAFE MASU MASU(マスマス)

神田明神 EDOCCO CAFE MASU MASU(マスマス)

1階には、参拝の合間に立ち寄れるカフェEDOCCO CAFE MASU MASUマスマス)」があります。和の食材を使ったメニューが充実しています。

ショップ「EDOCCO SHOP IKIIKI」では、お土産等も販売しており、神田明神オリジナルのお守りや縁起物、伝統工芸品、そしてアニメコラボグッズなどが所狭しと並んでいます。

  • 神社声援ジンジャーエール

    神田明神の名物ドリンク。「神社(Jinja)」と「ジンジャー(Ginger)」、そして「声援(Yell)」を掛けたダジャレのネーミングですが、味は本物。すりおろし生姜がたっぷり入った本格的な辛口ジンジャーエールで、合格祈願や縁結びの願いを込めて飲む参拝者が多いです。お土産用の瓶入りセットも販売されています。

  • 枡パフェ

    枡に入った見た目も美しい和風パフェ。抹茶アイスや白玉、黒豆などが詰まっており、甘味の変化を楽しめます。

  • 勝カレー・うどん

    勝負に勝つ「勝カレー(カツカレー)」や、優しい味わいの「豆乳坦々うどん」など、しっかりとした食事メニューも揃っており、ランチ利用にも最適です。

お祭り・イベント

神田明神神幸祭

神田明神神幸祭

神田明神といえば、何と言っても神田祭かんだまつり)」です。山王祭、深川祭と並ぶ「江戸三大祭」の一つであり、京都の祇園祭、大阪の天神祭と共に「日本三大祭」にも数えられます。徳川将軍家が上覧したことから「天下祭」とも呼ばれ、江戸っ子の誇りとして受け継がれてきました。

神田祭は、2年に一度、西暦の奇数年5月中旬に行われる本祭ほんまつり)」と、偶数年に行われる陰祭かげまつり)」があります。本祭は非常に盛大ですが、陰祭の年は規模が縮小され、神幸祭や神輿宮入は行われません。 本祭のメインイベントは以下の通りです。

神幸祭(しんこうさい)

平安時代の装束をまとった500人規模の行列が、神田、日本橋、大手町、秋葉原などの氏子地域(約30km)を一日かけて巡行します。一の宮(鳳輦)、二の宮(神輿)、三の宮(鳳輦)が都心の大通りを練り歩き、地域を清める姿は、まさに時代絵巻そのものです。

神輿宮入(みこしみやいり)

祭りのクライマックス。氏子108町会から大小200基もの神輿が神田明神を目指して練り歩き、次々と宮入神社に入ることを行います。朝から晩まで神輿と担ぎ手の「セイヤ、セイヤ」という掛け声と熱気に包まれ、境内は立錐の余地もないほどの人出となります。

附け祭(つけまつり)

近年復活した、ユニークな巨大バルーンや曳き物による行列。「大鯰と要石(おおなまずとかなめいし)」は、地震除けの願いを込めた巨大なナマズのバルーンで、そのユーモラスな姿が観客を楽しませます。他にも浦島太郎花咲か爺さんなどの巨大な造形物が登場し、江戸時代の仮装行列の精神を現代に蘇らせています。

また、神田明神のお祭りやイベントとしては、8月の「納涼祭り(盆踊り)」も人気です。アニソン盆踊りが行われるなど、秋葉原という土地柄を反映した現代的な盛り上がりを見せます。観光の目玉として、これらのお祭りは国内外から多くの観光客を惹きつけています。

伝説

銭形平次の碑

銭形平次の碑

神田明神には、古くから伝わる有名なタブー禁忌の伝説があります

それは「神田明神の氏子は、成田山新勝寺(千葉県成田市)にお参りしてはいけない」というものです。

この「行ってはいけない」とされる理由は、平将門公の歴史に由来します。

平安時代、平将門公は朝廷に対して反乱を起こしました平将門の乱)。これを鎮圧するため、朝廷は僧・寛朝(かんちょう)を派遣し、不動明王像を奉じて祈祷を行わせました。そして、その祈祷が満願となった日に、将門公が敗死したと伝えられています。

この不動明王を本尊として開山されたのが、成田山新勝寺です。

つまり成田山は、「将門公を調伏(討ち倒す)するために建てられた寺」という側面を持っています。

そのため、将門公を御祭神として崇敬する神田明神の氏子が成田山に参拝することは、将門公を苦しめる行為とされ、「将門公の加護を失う」「災いが起こる」と信じられてきました。

同じく将門公を祀る築土神社(千代田区九段北)にも、同様の言い伝えがあります。

現代ではあまり気にしない人も増えていますが、生粋の江戸っ子や、将門公を強く信仰する人々の間では、今もこのルールを大切に守っている人が少なくありません。

一方で、歌舞伎の成田屋(市川團十郎家)は成田山を篤く信仰していますが、将門公を演じる際には、神田明神境内の水神社などに参拝し、将門公への敬意を払っているといわれています。

開門時間

神田明神の境内は24時間開放されており、いつでも参拝することが可能です。ただし、お守りの授与や御朱印、各施設の営業時間は決まっています。夜間の神社への参拝は静寂に包まれ、ライトアップされた社殿が幻想的です。

🕒 開門時間境内

24時間参拝可能

🛍️ お守り・授与所

9:00 ~ 19:00

👉 御朱印受付

9:00 ~ 19:00

🛒 EDOCCO SHOP

10:00 ~ 18:00(時期により変動あり)

☕ EDOCCO CAFE

10:00 ~ 18:00(L.O. 17:30)

✔️ 神田明神資料館

9:00 ~ 16:00(受付は15:45まで、木曜休館)

アクセス方法

神田明神アクセス方法

神田明神アクセス方法

神田明神は交通アクセスの非常に良い場所にあります。ここでは、公共交通機関のアクセス方法と、車での来場についてご案内します。周辺には多くの駅があり、どこからでもスムーズに行くことができます。

電車でのアクセス

  • JR中央線・総武線御茶ノ水駅」(聖橋口

    聖橋を渡り、湯島聖堂の緑を眺めながら進むと、すぐに鳥居が見えてきます。(徒歩5分)

  • JR京浜東北線・山手線秋葉原駅」(電気街口

    電気街の賑わいを抜け、坂を登って神社へ向かうルートです。サブカルチャーから伝統への変化を楽しめます。(徒歩7分)

  • 東京メトロ丸ノ内線御茶ノ水駅」(1番口

    お茶の水橋を渡り、東京医科歯科大学などのキャンパスが並ぶ学生街の活気を感じながら、神田川沿いを進む開放感のあるルートです。(徒歩5分)

  • 東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅」(B1出入口

    地上に出て聖橋を上がり、複数の路線が交差するダイナミックな「鉄道の立体交差」を背に、静かな時間が流れる参道へと導かれます。(徒歩5分)

  • 東京メトロ銀座線末広町駅

    蔵前橋通りを西へ。秋葉原の喧騒から一歩離れ、江戸の残り香を感じる神田の下町情緒を楽しみながら、随神門(ずいしんもん)へと向かうルートです。(徒歩5分)

車・駐車場について

神田明神には参拝者用の駐車場があります。

  • 神田明神の駐車場

    境内の北側に若干数の駐車スペースがあります(無料、参拝者専用)。

ただし、台数が十数台と少なく、土日祝日や行事の際は大変混雑するため、満車になることが多いです。公共交通機関の利用が強く推奨されます。
周辺にはコインパーキングも多数ありますが、都心のため料金は高めに設定されています。

お問い合わせ・SNS

神田明神へのお問い合わせは、電話または公式サイトのフォームから可能です。最新のイベント情報やご祈祷の予約などは、公式サイトやSNSをご確認ください。

【各種SNS】

神田明神に関する質問や、結婚式(明神会館)の相談なども受け付けています。

拝観料

神田明神の境内への入場は無料です。参拝だけであれば費用はかかりません。お賽銭を用意して、気軽に訪れることができます。

一部の施設や体験には料金(初穂料・入場料)が必要です。

👇 施設・項目

🎟️ 料金(目安)

🟢 境内入場

無料

✔️ 神田明神資料館

大人300円、小中学生200円(特別展は変更あり)

📜 ご祈祷昇殿参拝

個人の場合、初穂料10,000円~

👉 EDOCCO STUDIO

プログラムにより異なる(例:ワークショップ数千円~)

東京にある神田明神を訪れる際は、小銭(お賽銭用)と、お守りや御朱印をいただくための予算を用意しておけば十分楽しめます。

神田明神の豆知識

かんだみょうじんの豆知識

かんだみょうじんの豆知識

記事内で紹介しきれなかった、神田明神の興味深いトリビアや最新の話題を紹介します。

  • アニメラブライブ!』の聖地

    アニメの主要キャラクター・東條希が神田明神の巫女という設定で、作中に神田明神が度々登場します。特に神社の裏手にある階段「明神男坂」は、メンバーがトレーニングをした場所としてファンにとっての聖地巡礼スポットとなっており、絵馬掛け所にはイラスト入りの痛絵馬が多数奉納されています。

  • IT情報安全守護

    秋葉原が氏子地域であることから、パソコンやスマートフォンの情報を守る「ITお守り」を授与しています。CPU基板を模したシール型のお守りなどがあり、IT企業の関係者が多く参拝します。

  • あかりちゃん神馬

    神田明神には「神馬(しんめ)」と呼ばれるポニーの「あかりちゃん(明)」がいます。平成22年に信州からやってきました。境内の飼育小屋におり、愛らしい姿で参拝者を和ませています(体調や天候により会えない場合もあります)。

神田大明神は利益だけでなく、こうしたサブカルチャーやユニークな要素もおすすめです。

日本国内の他の神社

日本の聖域

日本の聖域

神田明神以外にも、日本には訪れるべき素晴らしい神社がたくさんあります。

  • 貴船神社きふねじんじゃ

    京都の奥座敷にあり、水の神様と縁結びで有名です。参道の赤い灯籠が並ぶ石段は非常に幻想的で、夏には七夕のライトアップも行われます。

  • 出雲大社いずもたいしゃ

    島根県にある日本屈指のパワースポット。神田明神のだいこく様(大国主大神)の本拠地であり、神無月(10月)には全国の神々が集まります。二礼四拍手一礼の作法が特徴です。

  • 金閣寺きんかくじ

    正式名称は鹿苑寺。京都を代表する寺院で、金箔で覆われた舎利殿は世界遺産にも登録されています。(※神社ではなく寺院ですが、日本の宗教施設として世界的に有名です)

東京にある神田明神を訪れた後は、ぜひ日本各地の聖地へも足を運んでみてください。それぞれの土地の歴史に触れることで、日本への理解がより深まるでしょう。

まとめ

神田明神は、単なる古い神社ではなく、1300年の歴史を持ち、江戸の守り神として徳川将軍家から愛され、現代では秋葉原のカルチャーやビジネス街の活気を取り込んだ、世界でも稀有な「進化する神社」です。

歴史好きには将門公の伝説や文化財が、アニメファンには聖地巡礼が、ビジネスマンには商売繁盛の祈願が、そして観光客には美しい建築やカフェでのひとときが用意されています。神田明神は、参拝するすべての人を受け入れ、エネルギーを与えてくれる場所です。東京観光の際は、ぜひこのパワースポットを訪れて、江戸の粋と現代の活気を肌で感じてください。

よくある質問

神田明神を一周するのにどれくらいの時間がかかりますか?

一般的な参拝だけであれば20分~30分程度です。しかし、資料館の見学、境内社の散策、EDOCCOでの休憩や買い物を含めると、1時間~1時間半ほど見ておくことをおすすめします。

神田明神とはどのような神社ですか?

東京・千代田区にある神社で、正式名称は神田神社です。約1300年の歴史を持ち、江戸総鎮守として東京の中心部(神田、日本橋、秋葉原など)を守護しています。縁結び、商売繁盛、勝負運のご利益で有名であり、徳川家康公も関ヶ原の戦勝祈願を行ったことで知られています。

神田明神はどこにありますか?

東京都千代田区外神田2丁目に位置しています。アクセス方法: JR御茶ノ水駅や秋葉原駅から徒歩圏内で、アクセスが非常に便利です。

神田明神の見どころは何ですか?

昭和の名建築である鉄骨鉄筋コンクリート造の朱塗り社殿、豪華な彫刻が施された随神門、日本一大きなだいこく様尊像、そして文化交流館EDOCCOなどが主な見どころです。また、境内の摂末社もそれぞれ深い歴史を持っています。

神田明神のすごさは何ですか?

平将門公を祀る強力なパワースポットであること、そして「伝統と革新」を体現している点です。古い歴史を持ちながら、アニメコラボやIT祈願など現代文化を積極的に取り入れ、常に時代と共に進化し続けている点が他の神社にはない大きな魅力です。